くろみつの隅の囁き

文化系全般を勉強中。2〜3次元までミーハー気質。又吉ごととか。

今更だけど今年の直木賞作品を読み終えた。「流」東山彰良

又吉が芥川賞を受賞した時、同時受賞をした羽田圭介さんは、世間の注目を又吉に奪われてしまって気の毒だ、なんて思われている節があって、羽田さんがテレビ番組に出演すると、「又吉さんと同時受賞という事に関してはどうお考えですか?」みたいな質問をよくされていた。それに対して羽田さんは「ラッキーだった」と答えている。実際今年の芥川賞の2作品は例年と比べ、普段読書をしないような人達にも多く読まれていると思う。

 

逆に、東山障良さんの「流」は一般的な読者というより、長年本を読んできた読書家や、同じく物語を紡ぐ作家さんに絶賛されている印象がある。

こんな事を言える立場でもなんでもないけれど、「流」というタイトルや、東山さんの名前は、あんまりインパクトを与える名前ではない。というか、又吉はともかく、羽田さんの「スクラップ・アンド・ビルド」というタイトルや羽田さん自身のキャラが強すぎるだけで、とりわけ東山さんが目立たないわけではないとは思うんだけれど。

 

兎に角、直木賞は満場一致で東山さんに決まったと言うし、選考委員の北方謙三さんも大絶賛。又吉が受賞して連日メディアで騒がれている時から、「流」は近いうちに絶対に読もうと決めていた。そして、やっと読んだ。(買って読み始めるまでが長かった)

 

流

 

 

 

この物語については一部分を取り上げてここが良かったと言うより、全体の印象として、また読んでいる時の感覚として、主人公と、それを取り巻く人々の「人生」を見守ってきた、あるいは体験してきた感じで、読後感にこっちの世界に戻ってきた感覚が強かった。

 

個人的には、上橋菜穂子さんの作品を読み終えた時の感覚に近い。

考えてみれば主人公を取り巻く登場人物の多さといい、国や、国が辿ってきた歴史を人物一人一人の随所に感じさせる所といい、共通点が結構多い気がする。

上橋さんの作品ではカタカナの名前と用語が多くて、まとめて読まないとその用語の意味や人物の相関関係を忘れてしまって、少し読み直すことになる。「流」は当たり前だけれど漢字が多いから、名前含めやはり途中で中断すると世界に入り込みにくくなってしまうだろうなと思った。

 

これだけ壮大な物語で、祖父の死に関わる部分に関しては、現在も残る歴史の暗い影が深く関わっていたりするけれど、それでもあまり政治的問題の暗さばかりを感じないのは、主人公の恋愛とか、友情とか、将来への不安とか、当たり前の、誰でも経験するような日常がちゃんと組み込まれているからだと思う。なんか、読んでいて映像が流れてくるような小説だった。

 

「この物語面白かった」というよりは、とある人の人生を知ってしまった、経験することができたっていう感覚。つまり読んで良かった。台湾と中国の関係や、日本との関係。ふわっとしたイメージしか持たずに両国の関係をあれこれと考えてしまいがちだけど、現実としてこういう事件があったとか、それを経験している人が今も生きているとか、その子孫が育っているとか、小説を読むことで実感できる歴史の現実感みたいなものがあったし、自分の無知さ加減も痛感した。テレビのニュースの限られた尺の中で見る掻い摘んだ歴史的事実や事件の映像よりも、そこに住む人々の生々しい生活や人生を物語として読んだ方が現実味がある…みたいな。

そういう意味でも、東山さんにしか書けない物語なんだろうなと思った。

貴重な読書体験ができました。